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2020年03月22日

神様との食事

神様にお願いごとをする場合、神様はどのような願い事も、エゴから出るもの、周りの方に迷惑になるものでない限りは、必ずいつか叶えて下さるようですが、とはいいながら、やたらと願い事ばかり申し上げるのも感心致しません。

それは、神様を信頼申し上げていないことにつながるからであります。

まずは、神様への感謝があるべきであり、どれだけ神様に護られているかを思い出すことにより、新たなお願いも叶えて頂けるという確認にもなります。

神様に願い事を叶えて頂くには、切なる思いであることを申し上げ、ご神徳を讃え申し上げることが必要です。

と同時に、神様と飲食を共にすることが肝要です。

これは、大嘗祭や新嘗祭で天皇様がおやりになっていることにもつながります。

通常のお祭りではなかなかできませんので、直会と申しまして、お祭りの後で、神酒を召し上がっていただき、これに替えております。

また、初物などをもらわれた時には、神棚にお供えされ、その後食されるのもよろしゅうございます。
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syaoku.jpg巫女立ち位置ver.2.jpgmiko.jpg楠.JPG小宮と大地主の命photo 3-28-H31.jpgしおり11-7-H29.jpg七色鱗型お守り6-1-H30.jpg祝い箸11-6-H30.jpg御百度帳8-1-H29.jpg巫女ストラップ3-15-H31.jpg巫女絵葉書他4-22-H31.jpg巫女ファイル一覧9-1-R1.jpgお守り一覧9-1-R1.jpg交通安全ストラップ9-7-H30.jpg朱印袋三種11-13-R1.jpg3月の朱印お雛様3-1-R2.jpg3月の書置きの朱印「桃の節句」と「春色」3-1-R2.jpg3月書置きの朱印とミニ朱印3-1-R2.jpg
posted by miya at 07:31| Comment(0) | 神主からの言葉

祝詞

祭礼とは、神様が最も霊力を高めなさる日です。

「日本書記」には、恩頼(みたまのふゆ)という語が用いられます。

「み」は尊敬、「たま」は神霊、「ふゆ」は増殖の意味です。

つまり、神霊が最大に力を増すことを言います。

この恩頼は、祝詞にも良く用いられますので、お聞きになられた方もたくさんおられると存じます。

ところで、その様な重要な日に神様に申し上げる言葉が祝詞です。

つまり神様の一番お力のある時に大切な事柄を申し上げるのが祝詞であります。

言い換えれば、まつりの日は、神様がお聞き届けになられる日でもあります。
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qr_guide_sanpai.gifqr_guide_kekkon.gifqr_guide_sanpai.gifqr_guide_sanpai.gif鈴持ち巫女後ろ向きドラフト 最終版 5-23-H28.jpg巫女祓鈴持ち完成データ 6-22-H28.jpg朱印帳本表紙11-13-H29.jpg地球の歩き方紹介11-13-H29.JPGお守りの記事3-8-H30.JPG七色鱗型お守り6-1-H30.jpg御百度帳8-1-H29.jpg巫女ファイル一覧9-1-R1.jpg縁結び守り2-14-R2.jpg3月の朱印お雛様3-1-R2.jpg3月の書置きの朱印「桃の節句」と「春色」3-1-R2.jpg
posted by miya at 07:22| Comment(0) | 神主からの言葉

一言主と辞代主

一言主(ひとことぬし)という神様は、『古事記』(712年)の下つ巻に登場されます。

460年(雄略天皇4年)、雄略天皇様が葛城山へ鹿狩りをしに行いかれたとき、紅紐の付いた青摺の衣を着た、天皇様一行と全く同じ恰好の一行が向かいの尾根を歩いているのを見附けられました。

雄略天皇様が名を問われると「吾は悪事も一言、善事も一言、言いはなつ神。葛城の一言主の大神なり」、つまり、「良いことも、悪しきことも、一言で言い切る神である」と答えられました。

天皇様は恐れ入られ、弓や矢のほか、官吏たちの着ている衣服を脱がさせて一言主神に差し上げられた。一言主神はそれを受け取り、天皇様の一行を見送った、とあります。

葛城山麓の奈良県御所市にある葛城一言主神社が全国の一言主神社の総本社となっており、一言の願いであれば何でも聞き届ける神様とされ、「無言まいり」の神様として信仰されています。

一方、辞代主(ことしろぬし)の神様は、『古事記』において大国主神と神屋楯比売命との間に生まれなさったとされます。

葦原中国平定において、建御雷神らが大国主神に対し国譲りを迫ると、大国主は美保ヶ崎で漁をしている息子の事代主神が答えるとおっしゃいました。そこでタケミカヅチの神様が美保ヶ崎へ行き辞代主に国譲りを迫ると、辞代主の神様は「承知した」と答えられ、船を踏み傾け、天ノ逆手を打って青柴垣に変えて、その中に隠れてしまわれました、とあります。

さて、古代、人々は、言葉の不思議な力に注目して、一言主という神様を信仰しました。

また辞代主の神様の「こと」は言葉、「しろ」はそのものの、「ぬし」は司る意味で、言葉を司る神様です。

左様に、言葉の重要性、力をもう一度意識したいものです。
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110531_163358.jpg巫女座り.jpgしおり11-7-H29.jpg七色鱗型お守り6-1-H30.jpg祝い箸11-6-H30.jpg巫女絵葉書他4-22-H31.jpg巫女ファイル一覧9-1-R1.jpg朱印帳と朱印袋一覧9-1-R1.jpgお守り一覧9-1-R1.jpg交通安全ステッカー9-11-H30.jpg朱印袋三種11-13-R1.jpg3月の朱印お雛様3-1-R2.jpg
posted by miya at 07:18| Comment(0) | 神主からの言葉

2020年03月21日のつぶやき








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