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2020年09月03日

働く

日本人と海外の方との大きな違いの一つに「働く」ことに対しての考え方があるようです。

海外では、「働く」は辛いことであり、早く「働く」ことから解放されて楽しみたいという意識がある由です。

それに対しまして、日本人は、「働く」ことに生きがいを感じたり喜びを感じたりする人が多いようです。

実際日本人は、定年後も仕事を探される方が多く、雇い主の側でも、働く場所を作るように努力なさる方が多いようですが、海外でそのようなことをすると文句が出るようです。

夙に日本人の生産性の低さが問題視されますが、働くことに付きましての考え方をこれに加味しますと、その理由も見えてきそうです。

今回の新型コロナウィルスの感染拡大によりまして新しい働き方であるリモートも模索されていますが、それでも会社に出向く方は多いのではと予測されている由です。

古事記には、天照大御神が働かれているところも描写されています。

日本人とはそういった民族なのかもしれません。

また、「働く」とは「はた」つまり他人が「らく」つまり楽になることも意味します。

これも日本人のメンタルにあっているようです。

目的が定まらないとき、また、仕事に納得できないときでも、まず目の前の仕事に精を出すことが、幸せを引き寄せ、自分が望む仕事を見つける要諦だそうです。

ある神職の方から教えていただきました。
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posted by miya at 01:21| Comment(0) | 神主からの言葉

形から入り、形にとらわれない

ある神職の方から教えていただきました。

あたしたちは神様の子供であり、神様から自由を与えられております。

同時に、あたしたちが常に理解・認識すべきことは、神様は、あたしたちの「せねばならぬ心」や「執着の心」は、与えられておられないということだそうです。

神様に接するために様々な「形」があります。

しかし、それは、神様が定められたものではなく、人間が、神様に非礼にならぬように定めたものであります。

どうしたらよいかとまずは、先人が苦労なさって作られた「形」から入るのは合理的で、無駄がありませんので、よろしゅうございますが、「形」にとらわれすぎて身動きできなくなるのは、神様の求められていることではありません。

さすれば、形から入り、形にとらわれないのが肝要だそうです。
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posted by miya at 01:17| Comment(0) | 神主からの言葉

神様は怖れる対象ではない

ある神職の方から教えていただきました。

あたしたちは知らず識らず、神様を怖れの対象としがちです。

神様のばちが当たる、神様の逆鱗に触れるなどと怖れる方もおられます。

しかし、善の塊であります神様は、「バチ」や「逆鱗」など悪しき観念自体お持ちではありません。

それでは、どうして「バチ」などの観念が生まれたかと申しますと、それはあたしたち自身の良心が創り出したものであり、あたしたち自身が、意識的に、あるいは、無意識的に自らを罰し、自らにバチを与えているのだそうです。

あたしたちの過ちは、神様を怖れる対象としていることだそうです。

神様は常にあたしたちを見守り応援してくださる存在でありますので、怖れるのではなく、頼り、お願いする対象だそうです。

ただ、あたしたちが目上の方に対する時、畏敬をもって接するように、神様は何も求められませんが、神様に対して畏敬と感謝をもって接することは肝要だそうです。
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posted by miya at 01:14| Comment(0) | 神主からの言葉

2020年09月02日のつぶやき








posted by miya at 00:01| Comment(0) | 神主からの言葉