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2021年01月21日

やしろ

神社の建物を「やしろ」と申しますが、これはどこから来たのでしょうか。

奈良時代までは、特別な神社を除いて、常設の社殿はなかったとされています。

山岳や森林など自然の事物が崇拝の対象であり、神様をお祀りするに際しては、その特定の場所に仮設的に祈りのための場と形を整えて、神様をお迎えしたものといわれ、この場所が、屋代、すなわち「社(やしろ)」であるとされたようです。

ちなみに京都大神宮の御社殿は、一条家の玄関及び書院を移築したもので、唐破風の優美さは、日本有数といわれており、この唐破風を模した建築物も作られたと伝えられています。
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posted by miya at 07:45| Comment(0) | 神主からの言葉

名前

名前はあたしたちが思っている以上に大切であります。

臨死体験をなさった方によりますと霊界では、それぞれの霊に名前はないのだそうです。

この世でのみ持てるものであり、そのため、あたしたちの魂はこの世に生まれ出る前に自分で名前を決めてそれをこの世で親になる両親にこっそり知らせているのだそうです。

また昔は、人々は、本名で呼び合うことはほとんどありませんでした。

そのため、普段使うための別の名前を持っていました。これを、「字(あざな)」=通称と申します。

当時、相手(特に目上の人)を諱(いみな=本名)で呼ぶことは、極めて無礼な事とされていたからです(諱はその人の「魂の名前」という認識があり、軽々しく呼ぶものではありませんでした)。

本名を用いて呪いもされたようです。

そのため、通常は字や官位で呼んでいたのです。

つまり、家臣たちが「信長様!」とか「家康様!」と呼ぶシーンはあり得ないのです。

最近、「御屋形様」や「殿」など、名前を呼ばないようにしているドラマも増えました。

史実を正確に表現しようとしている動きの一環だそうです。

ちなみに、「徳川家康」は、正式には「源朝臣徳川次郎三郎家康(みなもとのあそみとくがわじろうさぶろういえやす)」となります。

また悪しきことが起こった時に、自分の名前を唱えることにより我に返りマガツ事を追いやることもできます。

もう一度自分の名前に思いをいたしたいものです。
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posted by miya at 07:41| Comment(0) | 神主からの言葉

仕事は、「させて頂く」

ある神職の方から教えて頂きました。

この世でやってきた仕事は何であっても、神様から頂く善きご縁と受け取り、するのではなく、させて頂くのが肝要だそうです。

そこには、ご神慮に基づいた大きな学びが必ず潜んでいるのだそうです。

やらせて頂くことにより、マイナスの気分や消極的な気持ちを減らすことが出来ます。

そして、やり遂げた時には、やり始めた時には気付きもしなかった、あたしたち一人一人がこの世をより楽しく有意義に生きるための智慧と経験を学び取ることが出来るのだそうです。

些細と思われる仕事、大変だと思われる仕事も取り組むべき御縁としては同価値だそうです。

やってきたものは、避けず、受け入れ、やり遂げるのが肝要だそうです。

これは困難や病気にも当てはまるそうです。
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syaoku.jpg110531_163358.jpg紅白の南天1-1-R3.jpgしおり11-7-H29.jpg巫女絵馬・御鏡・祝箸4-15-R2.jpgお守りと大祓詞プレイト4-15-R2.jpg巫女ファイル・絵馬・しおり7-30-R2.jpg巫女朱印帳・朱印袋・ストラップ・お百度帳7-30-R2.jpg令和二年の暦9-9-R2.jpgミニ朱印帳と朱印9-12-R2.jpgおかげ犬10-29-R2.jpg丑の干支ストラップとステッカー12-4-R2.jpg
posted by miya at 07:37| Comment(0) | 神主からの言葉

2021年01月20日のつぶやき








posted by miya at 00:01| Comment(0) | 神主からの言葉