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2021年08月27日

自分の神社

ある神職の方から教えて頂きました。

いろいろな神社を参拝されることは素晴らしいことです。

しかし、たくさんの神社に参拝すれば、より多くのご利益を受けられるというものではないそうです。

それよりもご自身の神社を持たれるのがよろしゅうございます。

お住いの近くにある産土神様の神社であっても、崇敬なさる神社でもよろしゅうございますので、その神社を自分の神社に決められ、その神社を自分が護るとの意識で参拝なさったら如何でしょう。

嬉しい時、困った時、自分の親に相談するように神社で神様に告げられ、親の家の掃除をするが如く、時間を見て神社の境内の掃除を為さり、時に応じて、その神社でしばしたたずまれて神様の良き気を受けられるのが肝要です。

さすればその神社にお祀りされている神様とへの親しみが増し、その神社が自分の家の如く感じられ、益々神様の智慧が受けやすくなります。

自分がその神社を支えているとの意識にまで高められますと、それは逆にその神社の神様が自分を支えてくださっていることに気が付くそうです。

神様を常に感じ、意識するのが肝要だそうです。

自分の神社の神様との意識が肝要だそうです。
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posted by miya at 02:25| Comment(0) | 神主からの言葉

数字

あたしたちが用います数字とはとても不思議なものです。

ゲマトリアに代表される数字の研究もなされてきました。

日本でも、「四」は「死」に通じるとして嫌われたり、「九」は、「苦」につながるとして忌み嫌われます。

キリスト教国では、「13」あるいは、「17」が嫌われます。

その一方、日本最初の憲法は、「十七条憲法」ですが、これは陰陽から来ており、太陰である「八」と太陽である「九」を足した数字が用いられており、その後の憲法もこの十七がもとになっているようです。

数字から漢字の画数によりあたしたちの名前も占われます。

しかし、存じ上げております神職によりますと、それぞれの数字に隠されたこれらの意味にも増して、全ての数字は神様がお創りになったのであり、全ての数字が同様に重要なのだそうです。

その意味では悪しき数字はないのであり、数字を道標にするのも良いのですが、神様に手を合わせ、神様に導いてもらっての人生では、もはや現れるすべての数字がその時に必要な数字で、悪しき数字などないのだそうです。

神様のご加護を感じながらの人生では、「九」は、「苦」ではなく、「久」に代わり、素晴らしきことになります。

「四」は、「死」ではなく、ピタゴラスの言う最高数になるのだそうです。

数字は楽しみ、善き面を取るのが良よく、数字であたしたちがあたふたするのは全くの間違い、いらぬ苦労なのだそうです。
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qr_guide_sanpai.gifqr_guide_kekkon.gifqr_guide_sanpai.gifqr_guide_sanpai.gifsyaoku.jpg鈴持ち巫女後ろ向きドラフト 最終版 5-23-H28.jpg巫女祓鈴持ち完成データ 6-22-H28.jpg七色鱗型お守り6-1-H30.jpg京都大神宮ムック6-21-R2.jpeg朱印ムック6-21-R2.jpegミニ朱印帳と朱印9-12-R2.jpg巫女の授与品3-16-R3.jpg朱印帳と朱印袋3-16-R3.jpgお守りと絵馬一覧3-16-R3.jpg8月の季節印「華々」8-1-R3.jpg
posted by miya at 02:22| Comment(0) | 神主からの言葉

人の素晴らしさを楽しむ

ある神職の方から教えて頂きました。

人は、他人の素晴らしさを羨み、嫉妬するものです。

しかし、この世にあたしたちは楽しみにやってきました。さすれば、他人の才能などに嫉妬するよりはそれを楽しむのが肝要だそうです。

この世には様々な霊性の人がやってきており、それぞれの方のこの世での為すべきことを為しての御霊磨きは異なっております。

例えばピアノを弾ける人が弾けない人より人生の成功者であるかといえばそのようなことはないようです。

弾ける人は、自分で音楽を作る才能に秀でているかもしれませんが、その一方、常にその能力をキープする努力を欠かすことが出来ません。

ピアノを弾けない方は自ら音楽を作ることはできなくても、自分で好きな音楽を作る人を選び、娯楽として、楽しむことが出来ます。

作り得ることと楽しむことのどちらが良いかと申しますと、どちらも同じく素晴らしいものです。

左様に、ある一面を取って比較しますれば、差が出来るかもしれませんが、全方位的に比較すれば、全ての人は、すべからく素晴らしいのだそうです。

嫉妬などせず、自分でこそできる領域を認識して感謝し、自信をもってその面を広げ楽しむのが肝要だそうです。

そのようにあたしたちは生まれる前に神様と決めてきたのだそうです。

そしてこの世で次の世ではどのような人生を歩むか、様々人を見て、参考にすればよいのだそうです。
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posted by miya at 02:16| Comment(0) | 神主からの言葉

2021年08月26日のつぶやき








posted by miya at 00:01| Comment(0) | 神主からの言葉