ホームページを開設しました http://kyotodaijingu.jp/
お問い合わせはこちらから http://kyotodaijingu.jp/form/postmail.html

2021年10月03日

自分の好きなことを見つけて熱中する

あなたは、ご自身が熱中できるような好きなことは何かご存知ですか。

あたしたちは、この世に霊性を上げる御霊磨きのために生まれてきました。

それは特別に何かをすることではなく、目の前のやるべきことを熱心にやることにより達成できます。

しかし、せっかくこの物質の世に生まれ出てきたのですから、楽しむことも重要です。

本来は、目の前のやるべきことは楽しいことのはずなのですが、そこに好きなことを見出せない方は、自分が時間の経つのも忘れるほど好きなことを見出し、それに熱中することも肝要だそうです。

たとえば、カラオケ好きな人が熱唱するとNK細胞が一気に活性化するそうです。

ところが、歌が苦手な人のNK活性は逆に弱まってしまったという実験結果も。

好きなことに打ち込むときの集中力がカギとなります。

熱中することに没入することは、身体を健康にし、また、それが逆に御霊磨きになることもあるそうです。

この世を思いっきり楽しむのが良いそうです。

そこから敷衍して、善きことは勿論のこと、悪しきことも楽しめるようになりましたら、明らかに神様への道を歩み出した証拠だそうです。

ある神職の方から教えて頂きました。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
10月の限定の書置きの朱印「例大祭」と「秋の七草」10-1-R3.jpg
syaoku.jpg楠.JPGしおり11-7-H29.jpg七色鱗型お守り6-1-H30.jpg小宮と大地主の命photo 3-28-H31.jpgミニ朱印帳と朱印9-12-R2.jpg巫女の授与品3-16-R3.jpg朱印帳と朱印袋3-16-R3.jpgお守りと絵馬一覧3-16-R3.jpgお守り各種4-27-R3.jpgスカイマーク機内誌紙面9-10-R3.jpeg空の足跡9-10-R3.jpeg令和4年の暦9-23-R3.jpg10月の季節印「栗」10-1-R3.jpg10月のミニの書置きの朱印「例大祭」と「秋模様」10-1-R3.jpg
posted by miya at 03:00| Comment(0) | 神主からの言葉

不都合な現実を作っているのは自分

ある神職の方から教えて頂きました。

あたしたちが祈るのはなぜでしょう。

それは、自分の外部に自分にとって不都合な現実があるために、その現実を変えたいとの想いからではないでしょうか。

この時、あたしたちは、外部の不都合な現実は、勝手にたまたまやって来ると思っているのですが、真実は、不都合な現実はあたしたち自身が引き寄せているのだそうです。

つまり自分自身で不都合な現実を引き寄せておきながら、その不都合な現実を自分で追い払おうとしているわけで、自己矛盾につながる恐れがあるようです。

さすれば、どうすればよいかと申しますと、自分自身の内面を見るようにするのが肝要だそうです。

あたしたちの本体である魂が宿る自分自身の心と語らい、どうして、不都合な現実を引き寄せようとしているのか、作ろとしているのかを考えますと、答えが見てきまして、さすれば、不都合な現実も消えていくようになるそうです。

辛いことが起こっております時、自分と語らうことにより実は大いなる発見があることもあるそうです。

神様はその発見を手伝ってくださるようです。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
10月のミニの書置きの朱印「例大祭」と「秋模様」10-1-R3.jpg
qr_guide_sanpai.gifqr_guide_sanpai.gifqr_guide_sanpai.gifsyaoku.jpg鈴持ち巫女後ろ向きドラフト 最終版 5-23-H28.jpg巫女祓鈴持ち完成データ 6-22-H28.jpg七色鱗型お守り6-1-H30.jpg朱印ムック6-21-R2.jpegミニ朱印帳と朱印9-12-R2.jpg巫女の授与品3-16-R3.jpg朱印帳と朱印袋3-16-R3.jpgお守りと絵馬一覧3-16-R3.jpg令和4年の暦9-23-R3.jpg10月の季節印「栗」10-1-R3.jpg
posted by miya at 02:56| Comment(0) | 神主からの言葉

祈りの力が強すぎるのも考えもの

ある神職の方から教えて頂きました。

あたしたちは、祈る者といえるかもしれません。

神様を信じない方でさえ、困った時には、心で願われます。

さすれば、祈りの力が強い人は素晴らしいように思えますが、そうとも言えないようです。

例えば、努力もせずに合格祈願をして、合格なさったとします。

祈りが叶って合格されたとしますと、それは素晴らしいことかもしれませんが、それは、誰かが不合格になることを容認しており、それは、善の塊の神様のなさりようと異なり、ご神慮を乱すことになってしまい、歪となって、とんでもない災厄がやってきて帳尻が合うこともあるようです。

あたしたちの故郷の神様の世界では皆、祈ったことがすぐに叶うのであり、この世では、その力が必要でないのだそうです。

さすれば、合格祈願は間違っているのかと申しますと、その様なことはありません。

しかしその祈りは、自分も出来る限りのことを頑張ってきたので、その努力が報われ、学んだことがいかんなく発揮できるように祈られるのが肝要だそうです。

その結果として、合格が引き寄せられるのだそうです。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
10月の季節印「栗」10-1-R3.jpg
syaoku.jpg110531_163358.jpg巫女座り.jpg楠.JPGしおり11-7-H29.jpg七色鱗型お守り6-1-H30.jpg小宮と大地主の命photo 3-28-H31.jpgミニ朱印帳と朱印9-12-R2.jpg巫女の授与品3-16-R3.jpg朱印帳と朱印袋3-16-R3.jpgお守り各種4-27-R3.jpgスカイマーク機内誌紙面9-10-R3.jpeg空の足跡9-10-R3.jpeg令和4年の暦9-23-R3.jpg
posted by miya at 02:53| Comment(0) | 神主からの言葉

2021年10月02日のつぶやき








posted by miya at 00:01| Comment(0) | 神主からの言葉