ホームページを開設しました http://kyotodaijingu.jp/
お問い合わせはこちらから http://kyotodaijingu.jp/form/postmail.html

2021年12月08日

声を出して大祓を奏上する

ある英語の先生に伺いますと、単語を早く確実に覚える要諦は、覚えようとする単語を、スペルを唱え、単語を声に出して発音し、書くことによって覚えるのに尽きるようです。

例えば、”Beautiful” をおぼえようとしているのでしたら、b-e-a-u-t-i-f-u-lとスペルを発音し、書き、その後に“Beautiful”を発音し、その意味である、「美しい」を発音して、それを文字に書くのだそうです。

なぜかと申しますと、こうすることにより、あたしたちの五感のうちの眼と耳を単語に集中させ、しかも手をそこに加えることにより、その言葉を覚えるために集中するものが増えるかだそうです。

さすれば、神棚で大祓詞や祓詞を唱えられるときには、祝詞をご覧になりながら、声を出してゆっくり唱えられるのが肝要です。

こうすることによりまして、大祓詞や祓詞の美しい意味や音を身体全体で味わえ、心と体に染み入るからだそうです。

そして、神様があたしたちの心身を清めて下さるのだそうです。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
季節限定朱印「年越大祓」と「師走 冬景色」11-30-R3.jpg
miko.jpg楠.JPG小宮と大地主の命photo 3-28-H31.jpg巫女の授与品3-16-R3.jpg朱印帳と朱印袋3-16-R3.jpgお守りと絵馬一覧3-16-R3.jpgお守り各種4-27-R3.jpgスカイマーク機内誌紙面9-10-R3.jpeg空の足跡9-10-R3.jpeg令和4年の暦9-23-R3.jpg神宮大麻と京都大神宮の神札6-6-R2.jpgミニの書置き朱印「年越大祓」と「南天」11-30-R3.jpg
posted by miya at 02:34| Comment(0) | 神主からの言葉

気を入れて書く

ある書道家の方によりますと、書き文字を見ますと、書き手がどのような意識のもとに字を書いたかが分かるそうです。

極論は、「一」という字を筆に強い気持ちを入れて書きますと、書いた文字からその方の強い気が湧き出るそうです。

逆にただ単に文字「一」を書きますとそこからは何も感じないそうです。

同じことはご祈念に付きましてもいえます。

ご神前でご祈念なさる際、神様に対して真摯に対峙され、心を込めて祈られないと神様はそのご祈念を聴き入れて下さいません。

それはなぜかと申しますと、ご祈念をすべて叶えますと、心変わりなどにより、却ってよくないことになるからだそうです。

あたしたちが本当に求めていることのみ叶えて下さるのだそうです。

ところで、京都大神宮の社頭には、神様への手紙や護摩木を置いておりますが、文字量が多い様であれば、護摩木には、少ない文字数しか書けませんので、心からのお願いを、心を込めて神様への手紙に、書かれるのが肝要です。

それは必ず、神様に通じるようです。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
ミニの書置き朱印「年越大祓」と「南天」11-30-R3.jpg
qr_guide_sanpai.gifqr_guide_sanpai.gifqr_guide_kekkon.gifqr_guide_sanpai.gifsyaoku.jpg鈴持ち巫女後ろ向きドラフト 最終版 5-23-H28.jpg巫女祓鈴持ち完成データ 6-22-H28.jpg七色鱗型お守り6-1-H30.jpg京都大神宮ムック6-21-R2.jpeg朱印説明6-21-R2.jpeg朱印ムック6-21-R2.jpeg巫女の授与品3-16-R3.jpgお守りと絵馬一覧3-16-R3.jpg令和4年の暦9-23-R3.jpg御朱印帳全種9-16-R3.jpg神宮大麻と京都大神宮の神札6-6-R2.jpg12月季節印「椿」11-30-R3.jpg
posted by miya at 02:29| Comment(0) | 神主からの言葉

物事を判断せず、出来事とのみ認識する

ある神職の方から教えて頂きました。

あたしたちは、日々起こる出来事に対して是非の判断を下します。

しかし、冷静に考えましたら、どの様な出来事にもその善き面と悪しき面がございまして、実はあたしたちが自分の基準に基づいて是非を判断しているわけです。

そして、その自分の判断に基づいて自分の自由な動きを拘束していることになります。

しかし、出来事に対して、軽々に是非の判断をしなければ、あたしたちの自由を奪われることになりません。

例えば、大失恋をしたとします。

しかし、これは失恋をしたという出来事であり、その是非の判断は如何様にも付けられます。

好きな恋人と別れることになり悲しいとも取れれば、どうも喧嘩が絶えなかったからよりそりの合う人を探す可能性が出来たとも考えられます。

しかしここにとどまらず、全てを是と捉えると益々霊性が上がります。

全ては善きことであるというのが善の神様のなさり様です。

つまり神様に近づいたことになります。

まずは判断をしない、そして次の段階として、全てを善き結果に結びつくものと判断し、その判断に従って行動するのが肝要だそうです。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
12月季節印「椿」11-30-R3.jpg
syaoku.jpg110531_163358.jpg巫女座り.jpg楠.JPGしおり11-7-H29.jpg七色鱗型お守り6-1-H30.jpg小宮と大地主の命photo 3-28-H31.jpgミニ朱印帳と朱印9-12-R2.jpg巫女の授与品3-16-R3.jpg朱印帳と朱印袋3-16-R3.jpgお守り各種4-27-R3.jpgスカイマーク機内誌紙面9-10-R3.jpeg空の足跡9-10-R3.jpeg令和4年の暦9-23-R3.jpg御朱印帳全種9-16-R3.jpg神宮大麻と京都大神宮の神札6-6-R2.jpg
posted by miya at 02:20| Comment(0) | 神主からの言葉

2021年12月07日のつぶやき








posted by miya at 00:01| Comment(0) | 神主からの言葉