ホームページを開設しました http://kyotodaijingu.jp/
お問い合わせはこちらから http://kyotodaijingu.jp/form/postmail.html

2021年12月26日

大和言葉

大和言葉はご存知ですか。

簡単に申しますと、漢字での訓読みに当たります。

外来語が入る前の日本語ですが、大和言葉は語調が柔らかく、物事を真綿のように包んで定義するようです。

神道で奏上します祝詞はすべてこの大和言葉を用いて作文致します。

そうしますと、例えば、「写真(しゃしん)」の様に、当然ながら、大和言葉を日本人が話していた時になかったものがあります。

この場合、どうしますかと申しますと、「姿絵(すがたえ)」と写真を大和言葉で定義しなおします。

日本語は本来一オン一音に意味とエネルギーがあるといわれており、大和言葉には魂が込めやすいそうです。

祝詞奏上の際には、その様に意識されてお聞きなさいますとまた新たな感動があると思われますし、ご自身で、様々な最近のものを大和言葉でリフレイズされるのも面白いかと存じます。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
季節限定朱印「年越大祓」と「師走 冬景色」11-30-R3.jpg
syaoku.jpg巫女立ち位置ver.2.jpgmiko.jpg楠.JPGしおり11-7-H29.jpg七色鱗型お守り6-1-H30.jpg小宮と大地主の命photo 3-28-H31.jpgミニ朱印帳と朱印9-12-R2.jpg巫女の授与品3-16-R3.jpg朱印帳と朱印袋3-16-R3.jpgお守り各種4-27-R3.jpgスカイマーク機内誌紙面9-10-R3.jpeg空の足跡9-10-R3.jpeg令和4年の暦9-23-R3.jpg御朱印帳全種9-16-R3.jpg神宮大麻と京都大神宮の神札6-6-R2.jpg紫の新朱印帳12-12-R3.jpg金の新朱印帳12-12-R3.jpg12月季節印「椿」11-30-R3.jpg
posted by miya at 01:00| Comment(0) | 神主からの言葉

出来事にとらわれずに学ぶ

ある神職の方から教えて頂きました。

人生を歩みますと様々なことが起こります。

起こることには善きことも悪しきこともあります。

しかし、様々な出来事は、塞翁が馬という諺の通り、善きことも悪しきことに変わり、逆に悪しきことが善きことに変わることも多々あり、まさに無常であります。

さすれば、それぞれの出来事に真摯に対峙することは重要ですが、それぞれの出来事に執着しすぎず、とらわれすぎないことが肝要だそうです。

それぞれの出来事は、あたしたちの学びのために最も良いことが準備されているそうで、そこから何を学べるかを考え、あとは神様に任せきるのが肝要だそうです。

出来事に囚われすぎますと、その結果に執着することになります。

それでは、その結果に右往左往し、結果の変化を阻害することになるそうです。

出来ることをやって、神様に任せきることにより、結果の変化を促すことにもなり、善き結果に向かって物事が動き出すそうです。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
紫の新朱印帳12-12-R3.jpg
qr_guide_sanpai.gifqr_guide_kekkon.gifqr_guide_sanpai.gifqr_guide_sanpai.gifsyaoku.jpg鈴持ち巫女後ろ向きドラフト 最終版 5-23-H28.jpg巫女祓鈴持ち完成データ 6-22-H28.jpg七色鱗型お守り6-1-H30.jpg京都大神宮ムック6-21-R2.jpeg朱印説明6-21-R2.jpeg朱印ムック6-21-R2.jpegミニ朱印帳と朱印9-12-R2.jpg巫女の授与品3-16-R3.jpgお守りと絵馬一覧3-16-R3.jpg令和4年の暦9-23-R3.jpg御朱印帳全種9-16-R3.jpg神宮大麻と京都大神宮の神札6-6-R2.jpg12月季節印「椿」11-30-R3.jpgミニの書置き朱印「年越大祓」と「南天」11-30-R3.jpg金の新朱印帳12-12-R3.jpg
posted by miya at 01:00| Comment(0) | 神主からの言葉

あたしたちが神様になる

ある神職の方から教えて頂きました。

あたしたちの本体は、神様の魂のかけらを頂いた魂であり、あたしたちは神様の子供であります。

神道では、祖先を重要視しますが、あたしたちと神様との間に断絶はなく、生き通しの魂は、神様からあたしたちに綿々と繋がってきていると考えます。

あたしたちは神様になる資格を有しているといえます。

その一方、毎日忙しい日々を過ごしているあたしたちは、俗世間のことで右往左往し、あたしたちの本当の姿に意識を持っていくことがありません。

さすれば、たまには時間を取って、あたしたち自身が神様になったとの意識で、神様の視点に立って、自分自身を、そして、あたしたちの周辺を眺めてみることが肝要だそうです。

そうしますと、これまで辛いと思ってきましたことも、とるに足りない些細なことであるとも思え、大河の如く悠々と生きていこうという気持ちにもなれます。

なぜなら、あたしたちの本体は、生き通しで、決して死なず、何度も生まれかわりをしている魂であり、神様への道を歩むことこそ、あたしたちのすべきことであり、さすれば慌てることも、イライラすることもなく、堂々と歩めばよいと思えます。

そして、それこそ真実だそうです。

あたしたちが神様であり、さすれば、心配はなく、堂々と高みを目指せばよいのだそうです。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
12月季節印「椿」11-30-R3.jpg
110531_163358.jpg楠.JPG七色鱗型お守り6-1-H30.jpg小宮と大地主の命photo 3-28-H31.jpg朱印帳と朱印袋3-16-R3.jpgお守り各種4-27-R3.jpg空の足跡9-10-R3.jpeg令和4年の暦9-23-R3.jpg御朱印帳全種9-16-R3.jpg金の新朱印帳12-12-R3.jpg神宮大麻と京都大神宮の神札6-6-R2.jpg
posted by miya at 01:00| Comment(0) | 神主からの言葉

2021年12月25日のつぶやき








posted by miya at 00:01| Comment(0) | 神主からの言葉