貧しいにもかかわらず、喜んで須佐之男命様をもてなした蘇民将来に対し、弟である巨旦将来(きょたんしょうらい)は裕福にもかかわらず宿を貸そうともしませんでした。
数年後、再び須佐之男命様は、蘇民将来のもとを訪れられ、かつてもてなしてもらったお礼にと、「疫病を逃れるために、茅の輪を腰につけなさい」と教えられました。
教えを守った蘇民将来は難を逃れられ、それ以来、無病息災を祈願するため、茅の輪を腰につけていたものが、江戸時代を迎える頃には、現在のようにくぐり抜けるものになったといわれています。
祇園祭の山鉾巡行では、かつて粽を撒きましたが、これも粽が笹を撒いたもので、茅の輪と同様のものだったことがその由来です。

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