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2019年06月23日

大きな声を出さない

日本人はあまり大きな声を出さないといわれております。

大きな声は元気が良いとも言えますが、しかし、怒っているときに声が大きくなりますように、大きな声は人を興奮させる副作用があるようです。

逆に常に穏やかな声で話しますと、自分の声で自分自身を落ち着かせることも出来ます。

神職が祝詞を奏上します時には、微音でとされています。

元来大きな声でどなたにも聞こえるように奏上するのではなく、神様に聞いて頂くように穏やかな小さな声で奏上するとされています。

皇族の方々の話し方がお手本で、どなたも大きな声で話されず、穏やかな声ではなされます。

神様の怒鳴り声など聞いたことがありません。

神様の声を聴くためには聞き耳を立てなくてはなりません。

声により身を律し、心を穏やかにするのが肝要だそうです。
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夏越の祓符6-18-R1.jpg
qr_guide_sanpai.gifqr_guide_sanpai.gifqr_guide_kekkon.gifqr_guide_sanpai.gifDSC_0096 水無月祓ー1.jpg鈴持ち巫女後ろ向きドラフト 最終版 5-23-H28.jpg朱印帳本表紙11-13-H29.jpg朱印帳本11-13-H29.jpg地球の歩き方紹介11-13-H29.JPGお守りの記事3-8-H30.JPG神社年鑑表紙令和1年 6-2-R1.jpeg神社年鑑令和1年 6-2-R1.jpeg巫女スタンプと朱印5-10-H30.JPG七色鱗型お守り6-1-H30.jpg巫女ストラップ3-15-H31.jpgお守り各種4-22-H31.jpg朱印帳・袋各種4-22-H31.jpg朱印帳全種 5-12-R1.jpgくちなしの花6-9-R1.jpgアジサイの花6-9-R1.jpg薔薇の朱印6-2-R1.jpg
posted by miya at 02:07| Comment(1) | 神主からの言葉

他人と比べない

良きライバルを見つけて切磋琢磨するのは、向上心に繋がります。

その一方、他人と比較ばかりしていますと心が疲れます。

ライバルに理想を見つけるのは良いのですが、その理想を求めるだけでは、自分を見失います。

他人と比べないで、何をするにも自分に集中することが肝要です。

比べるものがなければ心配は激変します。

例えば、病気をとりましても、周りの人は病気になっていないのにどうして自分だけと思いますから、心がますます暗くなり、それに従って病は力を得て病状が悪化します。

しかし、他人と比較せず、今自分が病気になったのは何かの気付きのためで、それぞれの人も違った時に違った病にかかるので、「どうしてじぶんだけ」ではなく、「今自分には必要なので問題なし」と思えば気持ちが楽になります。

左様に他人と比較せねば、ほとんどの悩みは解決するのだそうです。

あたしたちは、それぞれが神様の魂のかけらを分けていただき、この世に生まれてきています。

つまりあたしたち一人一人が神様であり、一人一人は比較の対象ではないのだそうです。

あたしたちは、比較するような軟で未完成なものではないのだそうです。

ある神職の方から教えていただきました。
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DSC_0096 水無月祓ー1.jpg110531_163358.jpg巫女座り.jpg朱印2種類.jpgしおり11-7-H29.jpg巫女清楚キーホルダー5-23-H30.jpg朱印帳・袋各種4-22-H31.jpg祝い箸11-6-H30.jpg御百度帳8-1-H29.jpg巫女絵葉書他4-22-H31.jpg巫女キーホルダー・絵馬・シール他4-22-H31.jpg
posted by miya at 02:03| Comment(0) | 神主からの言葉

2019年06月22日

かつての日本人のゆるやかさ

先般面白い話を伺いました。

少し年配の日本人の方と海外から来られている方が一緒に食事をなさったそうです。

天ぷらを頼まれたところ、出てきたものは、冷たくなっていて、しかも頼んだネタと違っていたのだそうです。

この年配の日本人の方は、クレームもつけず、そのまま受け取り、食べようとなさったそうです。ところが同席された海外から来られた方はこの年配の日本人の方に、頼んだものと違い、冷えているのだからクレームをつけて交換してもらった方が良いとおっしゃったそうです。

しかし、少し前の日本人の多くは、文句を付けず、そのまま召し上がる方が多かったのではないでしょうか。

そこには、性善説が関与し、きっと相手がしたことには何かの理由があるからこうなったのだろうと相手に対しての忖度もありました。

ミスをした方も、気付けば何かで挽回しようと考えたものです。

確かに白黒はっきりつけて求めるものを得ることも正しいかもしれませんし、挑戦的な方には、凛として対応することもありますが、わざとでないミスに対しての、この性善説に立った余裕は、神様のなさり様です。

「許さない社会」で「許す」ことも学びたいものです。
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DSC_0096 水無月祓ー1.jpg巫女立ち位置ver.2.jpgmiko.jpg楠.JPG朱印2種類.jpgしおり11-7-H29.jpg御札と暦3-31-H30.jpg巫女スタンプと朱印5-10-H30.JPG七色鱗型お守り6-1-H30.jpg御百度帳8-1-H29.jpg朱印帳・袋各種4-22-H31.jpg朱印帳全種 5-12-R1.jpg薔薇の朱印6-2-R1.jpg
posted by miya at 04:27| Comment(0) | 神主からの言葉